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よしもとばななの「みずうみ」を読んだ

 

その黙り方は中島くんと同じで、私の胸をしめつけた。この世に自分はいらないと思っている人の静けさだった

みずうみ (新潮文庫)

みずうみ (新潮文庫)

 

 「水」という文字に、しるしをつけながら読んだ。飛行機から眺める海、ただ静かに在るみずうみ、ペットボトルに入れられたおいしい湧水、お母さんの襟元の水の匂い、物語のなかにたくさんの水がゆらゆらと揺れている。水は流れている。常に動いていて止まらない。いくらでも深く遠くにいけてしまう、その、おわりのみえない連続性になぜか、惹かれてしまう。この世にあとどれくらい居られるのだろう。そう長くはないのだろう。よしもとばなな「みずうみ」は、そのことに気づいてしまう物語だ。

 最低限自分の好きなことしかしないためにただ毎日をひたすら生きている中島君は、ぐらぐらにひび割れた地の上にきちんとした家を建てているようなひとだ。みんながみんな、なかったふりをしている、根源的な寂しさ、ひとりぼっちの恐ろしい寂しさから逃げないひとだ。先端と先端を生きれば曖昧にやっていけるのに、それでも何からも目をそらさず、一部を生きようとしない彼を、「全部を思い出させる存在だ」と、ちひろは語る。

 なぜ、いっしょにいるのにこんなにも遠いのだろう。深い奥底に届くやさしさと淋しさがにじみ出ている。最後のページに届いたとき、何度涙が頬を伝ったのか思い出して数えてみると面白い。そういえば、涙も水だった。
この作品に出会えてよかった、至るところに貼り付けられて散らばる付箋が、私の揺れ方をあらわしているようだ。たくさん貼りつけた、感動の粒のような付箋を、一枚一枚丁寧に剥がしていくことが大人になることで、それでも、どうしても残ってしまうものがある。いちど剥がそうとしても、また貼り付けてしまう。そういうものが、私の存在そのものなのだと思う。

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 平成二十五年、今年いちばん最初に出会った本だ。十八日後の一月二十五日、祖母が亡くなった夜からもう一度読んでみた。


〈 人間は水のつまった肉である 〉
鮮明に、文字が色づいていくのがわかった