行き止まりしかないあみだくじを増やしていこう

 

ファザーファッカー (文春文庫)

 

 

内田春菊の自伝的小説『ファザー・ファッカー』を読んだら、「幼いころは親にふっとばされてぐちゃぐちゃになった」とぼそっと呟いたキラキラした女の子のことを思い出した。この小説は、父親に殴られ、蹴飛ばされ、ガラス目掛けて身体が砕けていく少女が自分の身体を守りながらサバイブしていく物語だ。強制的に娼婦にさせられた少女を母は決して、決して守らない。初めて愛する人が出来た時、彼女は感じる。“彼が私のからだに触れると、養父が触ったときに付いた汚れがとれてきれいになるような気がした”と。

後年、「(両親に)愛されていなかったわけではないの。部分的には愛されていたのよ。でも総合的には愛されなかった」と我が子を抱きながら言葉を紡ぐ姿が印象的である。

 

残酷な神が支配する (1) (小学館文庫)

 

 

萩尾望都残酷な神が支配する』にも同じような描写がある。性的虐待にて傷を負わされた少年ジェルミは自身を「臭い」と思い込んでいる。自分は臭いからと、世界との接点をはじめから諦めてしまうようになる。身体の部品がばらばらになっていて、魂の中心というか、コアの部分が宙ぶらりんになり彷徨っている。ここには誰にも触れさせまいと、他者との親密な関わりを極度に恐れている。それでも1人の人間(義兄イアン)が彼の心臓をはめ直すことに成功する。彼はジェルミに優しくキスをした唯一の人間だった。数年経ってジェルミは、同じような傷を抱えた他者にキスをしようとする時、「ああ、ぼくはこのキスを知っている。かつて、ぼくの痛みを受け止めるようなキスをしてくれた人がいた」と、はっとする。その時は気付けなかった「あなたは臭くなんかない」というメッセージは、時が過ぎ去った後、別の誰かとの関係性の中で贈与されたのだった。

 

自分を愛せるようになるためには、人に優しく触れられる経験が必要だ。

3年前、添い寝フレンドと呼んでいた人と毎晩のように添い寝していた時、自分の中の細胞がいっせいに入れ替わったような気がした。

かつて、他者との接触が苦手だった。自分の身体を触らせないために、相手に触ることは辛うじてできた。性的接触も怖いものだったけれど、経験はしておかなきゃだと思って、とりあえず受け入れた。主体性が皆無だったためか、当時の記憶はほとんどない。ただ、好意を持った相手が性的に興奮している姿をみるたび、恋愛と呼ばれる感情が強く向けられるたび、どんどん冷静になって、萎えていく自分がいた。可愛い人だなとは思ったけれど、早く終わってほしいという無機質な気持ちのほうが大きかった。行為よりも、行為後、微笑みながらその人が語り出す薀蓄や愛する書籍の批評を聞くことが楽しかった。

はっきりと、このままではよくないと思っていた。楽しくないと感じる行為をただ受け入れることが健康的ではないとわかっていた(後々、それは相手のことも傷付ける態度であると理解し反省した)。楽しくないならばいっそ関わらずに死んでいけばいいのかもしれないと思った。でも違和感があった。強い嫌悪感は強い関心の裏返しなのだから。私は自分の可能性を捨ててはいけないと思った。

半年間だけ<ビッチ>という設定で捨て身で体当たりしようと思った。怖がっていては、一生変われないのだ。歳を重ねるごとに膨れ上がっていく嫌悪感を抱え生きていきたくはなかった。4年前、私はおぞましい性暴力被害に遭った。加害者である上司は、ただ自分の性器を押し入れたいがために、知り合って間もない私に「子どもが出来たら」だとか「好きだよ」だとか訳のわからないことをひたすら言っていた。ださくて格好悪い大人だと思った。汚らしい精液を横目に、私は散々傷ついたのだった。だからこそ、傷ついた「性行為」という枠組みの中でしか自分を癒し生き返れないのだと悟ってもいた。添い寝の日々は、私に勇気をくれた。あの日私は生き返ったのだから。死体だって、何回でも生まれ直せるのだと信じることができた。結果、信頼できそうだと思った人と手当たり次第に性的関係を持った。自分の身体と心をほぐして、警戒するのをやめて、相手から学ぼうと思った。必要以上に自分の経験を語らなかったが、傷跡を開示したとしても、図々しく迫ってくる性欲やそれに擬態した何かの存在を笑いながら許せるようになった。そして自分ばかりが許す側では決してなかった。私が私を取り戻すための性行為を、男性器を利用する愚かさを、彼らは許し続けてくれていたのだと思う。

 設定期間、最後の相手となった人は、とてもセクシーな人だった。うまれて初めて、人を性的に好きなった。人を性的に好きになれることがとてつもなくうれしかった。同時に、性的に求められる事に対しての不快感がやわらいでいったように感じた。「ぜんぜん、怖いことじゃないよ。楽しいよ」と思いっきり抱きしめられた後、身体を背けていっぱいに泣いた。彼にとってはそれが通常のことでも、明言され行動に示されたことが、照れ臭くて嬉しかった。あっという間に、半年間のビッチ設定は終了して、がむしゃらに性交することはなくなった。なんやかんやで立ち上がるまでに4年くらいかかった。なんというかもう大丈夫な気がしている。不思議なものだ。詳細を説明する必要がないくらい、もう、大丈夫なのである。最近は、ふとした拍子に自分の加害者性について思いを巡らすことがある。果たして、女体は、性器を持った人間は、弱者なのだろうか。性器に救済機能を求め続けることは、それを所有する貴方を苦しめるのではないか。常に被害者属性を選びながらそれを疑わない姿勢を問いたい。耐えられないほどの軽さの中をどうして生きていけるのだろう。私は、目の前の相手に何を語っただろう。目の前の相手の語りにどれくらい耳を傾けただろう。今後の課題はここにある。虚勢ばかりだったのではないか。己の痛みに自分が支配されていた過去を優しく捨てて、他者の痛みの代弁をするふりをしてきた。これからは目の前のきみから逃げずに、穏やかに合意のもと利用しあいながら愛せたらと思う。

お母さんのまたぐらから出てきた私たちは決定的にひとりぼっちだ。それを確かめ合うかのように情けないくらいに抱き合うのだ。さっぱりとした柑橘系の寂しさの中でねっとりと蕩けるチョコレートアイスクリームを舐め回す。経血で汚れてしまっても、初めから下着は凛々しく赤かった。行き止まりしかないあみだくじを増やしていこう。私が目撃した私の死体を私は埋めていく。罪を犯すほど美しく奏でられる旋律にきみを乗せて。一斉に鳩が散る

さいごに、この漫画も、心身引き裂かれる良著だったので紹介。

好き嫌い分かれると思うけど、私は大好きな作品です

 

先生の白い嘘(1) (モーニング KC)

先生の白い嘘(1) (モーニング KC)