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女体を引き受ける覚悟をした(1)

私の身体に膨らんだ乳房がついていることも、子宮がついていることも、卵巣から毎月排卵が起こり、妊娠しない月は子宮内膜が血液と共に体外に出る「月経」という仕組みも、とにかく嫌だった。女体である自分に嫌気がさして、女体として扱われることにも嫌気がさしていた。生理痛があまりに辛く、血を垂れ流しながら泣く泣く一晩過ごすのも、痴漢に遭うのも、今まで楽しく語り合っていたはずの人のちんこが勃起して“そういう雰囲気”になるのを止められないのも、私が女(の体)に生まれたからなんだ、と、自分のせい、女体のせいにしていた。

 

居酒屋で働いていた時、佐々木希似の店員が「生理痛がつらいんです」という話をしていたら、隣に座っていたサラリーマンがすっごく機嫌悪そうに「そういう話、汚いよね〜。公の場ではやめてもらえないかな?!」と言った。

でも、中学生の頃に限らず、大人になってからも、下ネタはもちろん「勃起した」「1日○回はオナニーする」「オカズはこれ」と、男性たちが自身の性器や自慰事情について、公の場で語り、盛り上がる場面を見かける。そのとき、私は、ちょっと不公平だな、と思う。女性だって堂々と自慰や生理の話をしていいよね、と思う。堂々と性を語る人が偏見によってセクハラに遭いやすい社会を変えていけたらと思う。自身の性器や性欲処理の話はどうしようもない生理的現象なのだから、個人差もある分(一部の男性がしているように)誰かに相談したり笑い飛ばせたほうが絶対すっきりする。なのに、男性に比べて女性は発言しづらい空気がある。女体持ちならではの生理現象(生理)について、そこまで忌み隠さなくていいんじゃないか、と今でも思う。

 

そりゃ、性の話を語る/聞くことを控えたい、という価値観の人もいるから、話したくない/聞きたくないという意志は一番に尊重されるべきだ。また、セックスの話をする際には、パートナーのプライバシー曝露にならないような注意も必要だ。しかし、第三者への発言を控えることはあるとしても、パートナーに対しては、性についてオープンに語れる関係性があると良いと思う。セックス(挿入は問わない!)は他人に体を預ける行為であり、下手したら命の危険も伴う。思いも寄らぬ妊娠や性病のリスクもある。身体接触は、自分を大切にして、相手に心を開いた分だけ気持ち良い。心を開くとは、信頼する、という意味だ。そして自分を大切にするということは、自分の心身を管理できる、YES/NOを自己選択できるということだ。自分の身体の状態を理解し、相手に伝える努力と、相手の身体の状態を理解しようと努めることができれば互いを尊重できるセックスが成り立つだろう。

 

 「いつ生理来たか覚えてない」「避妊したことない」とか「数えるほどセックスしてるけど性病検査いったことなーい」という友人の発言に驚いてしまうことは多々ある。「産婦人科/検査行っとけ」と適当に相槌を打つようにしている。しかし過去を思い出せば、自分だって避妊や性病、自分の体について無知だった。かつての私は全ての避妊(+それに伴う責任)を男任せにしていたと思う。恋人と手探りで経験するのが怖かったし、不安を言語化しなかった。お互いコンドームの買い方も付け方も知らなかった。「対等」に無知だったのに、勝手に男性(妊娠しない側)を悪者にして、セックス怖いといって、別れたことが何回かあった。当時の私に主体性なんてものが皆無だったことが、今更になって悔やまれる。

そして、去勢願望のある男性をよく好きになった。「去勢したい」とか「勃起できない」という言葉を聞くと安心した。初めは、過去に痴漢や強姦被害に遭ったことで自分は男性器の突出を怖がっているのだと思い込むようにしていた。でも、本当は、違った。性器そのものではなく人間の生殖機能に疑問があった。私は、そういう性にガツガツしていない男性に好意を抱きながら自分の去勢願望から目を背けていたのかもしれない。私こそ、一番生殖機能をなくしたい当事者だったのかもしれない。

 

<去勢と不妊手術の違い> 

・去勢

人間の男女、または動物の生殖に必要な部位を切除し、種として生殖不能な状態にすること。と定義されている。一般的には男性は睾丸、女性は卵巣を除去することとされるが、なかには陰茎まで、子宮まで除去する場合もある。「切除」がキーワードで、性別違和のため、外見上のフォルムを変える目的で行う人もいる。

 

 ・不妊手術(永久避妊)

男性なら、パイプカット(正式名称は精管結紮手術。輸精管を切断して精液の中に精子を含ませなくさせる。性交渉は変わらず行える。オタキングこと岡田斗司夫も手術済)

女性なら、卵管結紮手術(卵子が子宮内に排出することを防ぐ。パイプカットと同様に性生活は問題なく行える)

避妊や断種が目的のもの。

 ※どちらも母体保護法に基づいた手術で、基本的には「もう子供はつくらない」夫婦に適用される手術である。身体にメスを入れるため、リスクもあるのでなおさらのこと。

※ちなみに、性同一性障害の方が戸籍変更する場合は現状「不妊手術(生殖腺や生殖機能を失うこと)」が絶対条件で義務となっている。プロダクティブヘルス・ライツに反するのではという意見もある。参考:*1

 

10歳のころ、生まれてくるはずのきょうだいが私にいたことを知った。その存在に触れることができなかった寂しさと、母親が嗚咽を漏らす、その現場が痛々しいくらい胸に焼き付いている。まわりには堕胎経験のある男女も増え、こんな話はしづらくブログにぼそっと呟くしかできないのだが、望まないタイミングで起こる妊娠(それに伴う産む・産まないの選択)、望んでも叶わなかった妊娠は、人生における一大事であり、今後の生き方に大きな影響を残す可能性がある。それを考えれば考えるほど、妊娠は私にとってリスクだ。何より、いまのところは出産願望がない。ただ、「永久避妊はまだ決断が早いよ」と医者に説得され、短期的にでも主体的に避妊できる方法を探してみた。

 

その一つが、女性主体の避妊方法、ピル、そしてミレーナである。

ピルに関しては、一昨年の夏から去年の秋まで、1年以上飲み続けた。副作用も心配されたが、私の場合は全くなかった*2。なにより生理期間が快適で、紙ナプキンがほとんど不要になってしまった。生理痛も驚くくらいに減った。そして性交渉の際にも、避妊に対する不安(コンドームのみでは何時も不安だった)が軽減され、楽しく自信を持てるようになった。

ピルの話をすると「ゴムなしで出来るの???」とにやにやしながら聞いてくる男性をはじめは軽蔑さえしたが、一緒に避妊や性病について話したり、一緒に考えていける可能性を探っていくことがよいパートナーシップであると今なら思う。一方的に、過剰に期待しすぎるのも相手を苦しませる。あまりわからない部分も、真面目に説明すれば伝わる、ゆるい期待と信頼感を持って目の前の相手に向き合えたらいいなと思う。同性同士でも胸の形、生理周期、子宮の状態、身体のあれこれは全く違うのに、異性の身体となればそりゃわからないことだらけなのだから。

自分の心身を自分で管理し理解していくことが自分に対しても、そして相手に対しても、責任を持つということなのではないか。

ピルを飲み始めて、諸々の不安要素が減り、自己管理できているという意識が嬉しく、これまで抱えていた内面化された「女体嫌悪」がやわらいできたと思う。同時にそばにいてくれたパートナーが良い人で、「女体持ちの自分」も「女体以外の自分」も肯定できるようになったのも大きく、本当に感謝している。

しかし、ピルを飲めない精神状態になった時期があって、「やばい」と思った。そこで、毎日定時に薬を飲む必要がない避妊方法、子宮に装着する形の避妊器具(その中でもピルと同じホルモン効果を発揮する子宮内避妊システム IUS:ミレーナ)を検討することにしたのである。

で、昨日さっそく子宮に入れてきた。胎内を拡げる痛みで失神、はしなかったけれど、すごく冷や汗がでた。そして今もだらだらと出血が続いている。出産はもっともっと痛いらしい。子宮から人間出した人間、格好良すぎるでしょ!!!うひょー。って思った。

 

ということで、次回更新時にミレーナ装着ついて詳しく書きます。乞うご期待!

 

続編 

kmnymgknunh.hatenablog.com

kmnym.hatenadiary.jp

 

*1:

*2:吐き気に悩まされる友人もいる。たまたま私は副作用がなかった