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謹賀新年(近況)

自分だけの不幸をとっておきの宝物にして舵を取れるだろうか
ああ敏腕な批評家も己が批評される側になることを拒み続ける
空を見上げ真っ赤な月に照らされて少女のワンピースは青色を喪う
きみの宝物は自ら胸に縛り続ける罪であり穢された魂だ
ラナンキュラスはきよらかに散り 秘すれば花だったのに
あなたは魅力にみちている とっておきの不幸で自分を輝かせ
誰も掘り出せない 子宮を閉じて ああ やっと足が生えたのに

 

誰かの名著になってしまったらもう人間にはなれないのだと2年前に書き殴ったが、現実ではそんなことばかり続いている。美しく囀る嘴は弱々しい蛹を殺し、讃えられる気持ちよさで神になってしまったあなたは小道に並ぶ地蔵の頭に精液をふりかけたって悪気がない。仕事帰りに近所の花屋に寄ってから帰ることが日課となった。気が付けば、簡単に命を奪っている。自分だけのささやかな癒しのために、とっておきの不幸の物語で自分を支え続けるために。水を入れ替えなくては生きられないのは人間も同じで、外部で出会うあなたを上のほうの穴から流し込まなければいけない。ひとりでは、詰まらせてしまうから。うつくしい、と感嘆の声をこぼす私の横で「美しいと感じたのならその花の名前を覚えなくてはいけないよ」と海原で口笛を鳴らしながらきみが言った。一年後、私は星野冨弘の絵葉書(「花の名前をぼくは知らない だから愛することができる」みたいなポエムが書いてある)にささやかな自作の文字を被せて、手渡した。皮肉めいたラブレターである。踊りだしたい気持ちをいっぱいに隠して筆を滑らせた。惚れられているときは手紙なんて書かないのに、手が届かなくなった途端に手紙を認めはじめる。我ながら気持ち悪いなと思う。でも皆さんそんなものでしょう(どうでしょう)。出会って四年経つ、来月からきみは遠く離れた土地で生きていくという。最後の手紙を渡すかどうか毎日悩んでいる。できるのなら、心の底から惚れている著作を十ほど挙げてもらおうと思っている。わたしはもうあなたと踊れない。残念ながら、あなたを名著にして封印するしか手立てはないのです。

闇夜の灯になり得る炎が誰かの体温の中にはないのだとしたら、どうやってきみのからだにふれていいのか迷い続けるしかない。私に触れるな、と私が叫ぶとき、もう私は私に浸食されている。そして灯になってしまったきみは決して自分の顔を照らせない。

産み落とされた赤ん坊は這いながら世界を歩むが、老人も這いながら世界を退いていくのだと知った。先日、安否確認で訪問した都営住宅にて「最近は家ン中を這って移動しているのよ」と山吹色のこじゃれたガウンを着た痩せ細った老婆が言った。二足でも、杖でも、歩けるのに、四足を選んだほうが楽なんだと笑っている。たったひとりだけの住み慣れた空間で、彼女が這って生活している姿を想像したら口元が緩んでしまった。

もうすぐ春がきて、夏が来る。夏以外の季節に関心がないくらい夏が好きだ。早く来てくれよ。薄着じゃないと生きてられないのだ。今年の抱負はあまり引っ越さないこと、これに尽きる。あとは、近年結婚できたら面白いなと思っている。そうしてこの世で出会えてうれしかったきみを結婚式に招きたいのである。受話器越しに「あなたの結婚式ならどこでも飛んでいくから」という真剣であまりに明るい声が返ってくる。さあ、自分だけの物語で寂しい雪を降り積もらせるのをやめよう。語れないはずの不幸を背骨に染み込ませたって背筋は伸びていく。祈るように、しなやかに、やすらかに。生きていれば数えられないほど捨て去ってしまえるのに、どうしても喪えないものがある事実が、不思議でたまらなくもなる。お互い生き残ろうね。今年もよろしくお願いします。